すっきりLIFE+ミニマム育児

些細なことで傷つき悩みエネルギーを消耗し生きる気力がなくなっていた時、ミニマリズムに出会いました。好きなことにエネルギーを集中したくて物と生活の無駄を減らしてエネルギー確保。思う存分悩める余裕も出てきたら不思議と悩むことをしなくなってきました。

誰かを見てうらやましいと思うことが多かった私

このエントリーをはてなブックマークに追加

こんにちは、井上和香奈です(^^)

 

昔から私は、自分にないものを持っている人を見るととてもうらやましくなるタイプの人間だった。

 

それは持ち物だけではなく、その人の置かれている立場とか

 

その人を取り巻く環境とかそういうものも含めて。

 

私は自分自身が置かれた環境があまり好きではなかった。

 

自分の生い立ちも性格も好きではなかった。

 

だから他の人が持っているものにとても魅かれた。

 

 

それを持たない自分に怒りさえ感じた。

 

どうしたらその環境が得られるか正解を知りたかった。

 

その環境を得る方法がわからないまま若い私はもがいた。

 

30代半ばまで、もがいていたと思う。

 

でもだんだんと疲れてきた。

 

そんな時、ふと周りを見たら

 

周りの人間たちは特に苦労もせずに、悠々と楽しい人生を手にれているように見えた。

 

急に頑張っているのが馬鹿らしくなってきた。

 

自分では頑張ったつもりだったが、結局何も形にならなかった。

 

こんなことなら最初から頑張らなければよかった。

 

もう嫌だ、もう頑張りたくない。そう思った。

 

若い頃は「なにくそ!」と何度でも立ち上がれたが

 

何度も夢破れ、もうふんばりがきかなくなってしまった。

 

フランダースの犬』の最終回を見るとものすごく共感する。

 

私も人生に「疲れたんだ…」

 

人生に疲れ切った私は何事もあきらめがちになった。

 

何も足さない素の自分のままで手に入れられるものだけ身の回りにおこう。そう思うようになった。

 

持ち物も、人間関係も。

 

自分をすり減らして、自分じゃない誰かを演じないと手に入らないものは、はじめから自分に必要のないものなのなのだ。

 

昔はそのことを受け入れられなかったけど、挫折を味わい、それを受け入れた方が気楽だと実感した。

 

もしあのまま欠けているものをずっと追い続けていたらどうなっていただろうと思うこともある。

 

だけど、どこかで体調を崩していただろうなと思い、自分を納得させている。

  

 

最初からあきらめたわけじゃない。

 

手に入れようと頑張ってみたけれど自分の目の前にその世界が現れなかったのだ。

 

ということは私にはそれは必要ないということなのかもしれない。

 

もしくは、足りない経験をすることで何か気づくべきことがあったのかもしれない。

 

 

 今確実にいえることは

 

「みんながいいと言っている(ほにゃらら)」とか「今世間で大流行!」といわれているものになんでもかんでも飛びついて「自分も!自分も!」とはならなくなってきた。

 

それらが必ずしも自分を幸せにしてくれるわけではないと学んだからだ。

 

そして、「みんなにとって」ではなく「自分にとって」何が大事なのかしっかり冷静に吟味できるようになった。

 

これは収穫と言えば収穫なのかもしれない。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリスト(30代女性)へ

すっきりLIFE+旦那美容おすすめ記事